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mp3の苦難

1994年までに、mp3は圧縮スピードでほんの少しだけ劣っていたけれど、mp2に比べてはるかに音質が改善されていた。12分の1に圧縮しても、mp3はステレオ音質に近いくらいの、高いクオリティを保っていた。デジタル電話線を通した音楽ストリーミングは、ほぼ可能になっていた。しかも、個人のPC 市場は拡大していて、ローカルに保存されたmp3メディアのアプリケーションにも将来性が見えてきた。しかし、mp3はMPEGの規格決定委員会で、mp2に技術的に優れているにもかかわらず、7戦全敗で政治的に葬られた。

最後に彼らを救ったのは、テロス・システムズという企業だった。テロスは、音質に優れたmp3をNHLにライセンスし、スポーツリーグに採用されていった。但し、ある程度の利益を確保するには、家庭用のユーザーに売り込む必要があった。ブランデンブルグはPC向けのmp3ファイルの圧縮と再生アプリケーションの開発を指示し、mp3を広めるためにこれを無料で配布した。

エンコーダーは無料で、PC市場は急拡大し、どんな家電メーカーでも最低限のライセンス料で携帯プレーヤーを製造できた。しかし、音楽産業の協力がなければ役に立たない。業界規格はmp2で決まりだった。mp3が広く一般に普及しなければ、音楽産業は楽曲を提供しないし、mp3のユーザーがクリティカルマスに達しなければ家電業界はプレーヤーを製造しない。mp3は八方ふさがりだった。

著作権侵害の津波

やがて、mp3の圧縮と再生アプリケーションは、アンダーグラウンドのどこかで使われ始め、何万、何十万もの不正ファイルを生み出していた。

ブランデンブルグは著作権の侵害を認めなかった。しかし皮肉なことに、ブランデンブルグが自分の知的財産から得る莫大な富は、歴史上最も大規模な著作権侵害から生まれていた。ウェブサイトでも世界中のファイルサーバーでも、mp3ファイルの数はものすごい勢いで伸びていた。

1999年、ノースイースタン大学を中退した18歳のショーン・ファニングがナップスターを開発した。P2Pファイル共有サービスだ。無料のナップスターはほとんど一夜にして、一番人気のアプリケーションになり、それをきっかけに著作権侵害の津波がやってきた。

mp3プレーヤーが流行れば、何億という楽曲が売れるはずだった。iPodが1000万個売れれば、iTunesストアで10億曲が売れるはずだったが、そうはならなかった。デジタルの売上は伸びていたが、CDの減少を補うにはほど遠かった。iPodはかっこいいHDDに過ぎなかった。だから海賊版で一杯になっていた。本当の問題は法を破っていた一般大衆だった。iPodにはお金を払うが、音楽業界には一銭も落とさなかった。