著作権侵害やビジネスモデルの崩壊によって、音楽産業が低迷する原因を3人の主人公をもとにして展開する物語。


■mp3の発明
カールハインツ・ブランデンブルグは、13年間の努力の末に、デジタルオーディオ分野ではそれまで誰にも解けなかった大きな問題に1つの答えを見出した。研究の基礎は数十年前に遡り、1970年代の終わりからエンジニア達はmp3に近い技術を理論的に打ち立てていた。彼の論文指導者であるディーター・ザイツァーは、人間の耳には区別できない音の研究を利用すれば、少量のデータでハイファイ音楽を保存できるようになると考えていた。

音楽CDは、1秒のステレオサウンドの保存に140万ビット以上も使っていた。目標はこれを12万8000ビットまで圧縮することだった。ブランデンブルグは、数十年分の実験データに基づいて、人間の耳で実際に聞き取れるビット数を使って、音質を保ちながらファイルを圧縮できるアルゴリズムを開発し、このプロセスを反復する方法を見つけ、特許を申請した。

コンピュータの処理能力の増加が進歩に拍車をかけた。1年もしない内にブランデンブルグのアルゴリズムは多種多様な録音音楽に対応できるようになっていった。1988年の終わりには初めて買手がつき、世界初のmp3エンドユーザーに手作りデコーダーを出荷した。買ってくれたのは、サイパンの離島にある小さなラジオ局だった。

2004年の終わり頃には、音楽業界の未来はどうしようもなく暗くなっていた。CD売上は下がり続けていた。スティーブ・ジョブズが約束したiTunesストアからの売上はまだ微々たるものだった。

ソニーのウォークマンに人々が熱狂した時には、何千万本もテープが売れた。ディスクマンが流行ると、CDが売れた。その計算でいくと、mp3プレーヤーが流行れば、何千万枚どころか何億曲という楽曲が売れるはずだ。実際、iPodが1000万個売れれば、iTunesストアで10億曲が売れることになる。だがそうはならなかった。デジタルの売上は伸びていたが、CDの減少を補うにはほど遠かった。iPodはかっこいいHDDの過ぎなかった。だからiPodは海賊版で一杯になっていた。

ただ、本当の問題はアップルではなかった。mp3プレーヤーはいずれ誰かが作っていたはずだし、優れたデバイスを作ったからといって非難される筋合いはない。本当の問題は一般大衆だった。法を破っていたのは消費者だ。iPodにあれだけのお金を払うくせに、音楽業界には一銭も落とさなかった。

そして、不正コピーよりも、海賊版の密売よりも、何よりも音楽を殺していたのはシングル盤の販売だった。今ではアルバムを全部買わなくてもいい。iTunesでシングルを買うことができる。アーティスト自身でさえ駄作だと思っている曲を、音楽業界はこれまで売ってきた。そのツケが回ってきたのだ。アルバム販売は「強制的な抱き合わせ販売」のいい例だった。デジタルなシステムははるかに無駄が少なく、ファンが欲しがる曲をはるかに速く届けられた。問題は、CDほど利益にならないということだ。

2007年の終わりまでに、CD売上は2000年のピークから半減し、CDの値段も大幅に下がっていた。合法的なmp3の電子売上では、落差は埋められなかった。利益率も利益額も縮小した。ただ、音楽業界では別の変化が起きていた。経済学者によると、一般消費者が娯楽にかける費用は比較的安定しているはずだった。ということは、ある分野にかけるお金が減ると別のところにお金を落としていることになる。ライブ市場のトレンドはこの仮説を裏付けていた。ファンはアルバムにお金を使わず、大規模な音楽フェスに向かい始めていた。多くのミュージシャンがレコーディングよりツアーから多くの収入を得るようになってきた。

著者 スティーヴン・ウィット

1979年生まれ。ジャーナリスト シカゴおよびニューヨークのヘッジファンドで働いたほか、東アフリカの経済開発に携わる。『ニューヨーカー』誌などに寄稿。