上だけでなく下にも気を遣う
銀座のバー「らんこんと」は、実に気持ちのよいバーである。バーテンダーは気さくだが、馴れ馴れしくない。気持ちが真っすぐで、礼儀をわきまえ、酒に精通している事をほのめかさない。このバーのオーナーが「おしげさん」である。彼女の元から巣立ったバーテンダー達が、現在全国で6軒、バーをやっている。「大学を出て一流会社に入った子より、彼らの事を尊敬しています」と。彼らに諭してきた事は2つだという。
①当たり前のことをしなさい
②店の主人になった気持ちでやりなさい
こうした教育を受け、彼女のもとを巣立ったバーテンダー達は、全国で多くのお客さんを幸せにしている。だからこそ、今の「らんこんと」も居心地がいい。彼女に偉くなった方に共通する事は何かを問うてみた。
①偉くなられた方は、皆さん共通で明るい。物事を明るく捉えるがある
②仲居さんや一番下の人など、下々に気を遣う。そうじゃない人はだめになる
叱る時は愛を込める
立石には、ケンタッキーフライドチキンがない。それは立石に「鳥房」があるからだ、とまことしやかに言い伝えられている。立石近辺の住人は、物心ついた時から「鳥房」の鶏の揚げ物を食べている。通りに面した「鳥房」は、どの街にでもありそうな、鶏肉屋である。店の裏手が「若鳥唐揚げ」を食べさせる居酒屋である。店には開店前から行列ができる。
ここで気をつけねばならない事は、1人1皿(半身)を頼む事である。他で食べてきたからといって、2人で1皿なんて頼もうものなら「おとといおいで」と返されてしまう。女将さんと会話をすると、飲んできた事がばれてしまう。「あんた飲んできたね。うちは飲んでくる人は、お断りだと言ったでしょ」。そこで殊勝に謝ると「しょうがないわね」と許してくれる。この駆け引きがうまい。叱っておいて優しくする。押しと引きとツンデレを巧みに使って、客を虜にするのである。おばちゃん達の口は悪いが、根は優しい。この店で叱られてなぜか気持ちのいい余韻があるのは、そのせいかもしれない。
時間と手間をかけたものは伝わる
月島の「韓灯」の韓国料理は日本で1、2を争う味である。74歳になるオンマの料理は、母や祖母から厳しく教えられた、昔ながらの手間隙かけた真の韓国家庭料理である。それを忠実に作り続けている。砂糖は一切使わず、甘味には果物を使い、スープも恐ろしいほどの時間をかける。味噌も手作りで、添加物を加えず、旬の食材の味を優しく出す。
時間と手間をかけねば、生まれないものがある。それは先人達の英知を忠実に守り続ける、自然への敬意に満ちた味である。過剰な味付けは食材をだめにする。新鮮な内に使い切る。当たり前の事でありながら、現代の家庭料理から忘れられた、誠実な料理である。