約10万年前にアフリカを出た人類は、どのように拡散し、日本に辿り着いたのか。
人類進化学者の著者が、日本人のルーツを探る一冊。
■人類の祖先は、ヒマラヤ南北2つのルートに分かれて拡散した
アフリカで進化したホモ・サピエンスは、それまで人類が利用していなかった、貝や魚などの海産物を食べるようになった。今世紀に入ってから、南アフリカの洞窟遺跡で16万年前にまで遡る海産物利用の証拠が相次いで発表されている。食の幅が広がれば、生活可能な場も広がる。それ以前の人類の生息域は陸上の動植物を狩猟採集できる内陸に限られていたが、アフリカの祖先達は海岸でも暮らせるようになった。
海岸移住説によれば、彼らはこの新しいやり方を使って、アジアの海岸沿いを移動していった。初のユーラシア進出は、アジアの南側の海岸線をつたってオーストラリアへ至るルートで起こり、その後かなり遅れて内陸への進出が達成されたという。
しかし、この説には1つ疑問がある。インド洋沿岸域に、初期の海岸移住を裏付ける古い遺跡が見つかっていない。世界各地で見つかっている旧石器時代の遺跡を年代ごとに地図にプロットすると、人類のユーラシアへの拡散は、アジアの南と北、ヨーロッパも含めて、同時爆発的に起こったと考えられる。
日本列島の南北からは、それぞれアジア大陸の南ルートおよび北ルートの系譜を引き継いだ集団が入ってきたが、それより前に対馬ルートを渡ってきた集団は、どうやらアジア南北の両集団が何らかの形で混じった人々だったに違いない。
著者 海部 陽介
1969年生まれ。国立科学博物館 人類史研究グループ長 1995年より国立科学博物館に勤務し、現在は人類史研究グループ長。第9回日本学術振興会賞。 化石などを通して約200万年にわたるアジアの人類史を研究し、ジャワ原人、フローレス原人などの研究で業績をあげてきた。
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![]() 京都大学大学院 人間・環境学研究科 教授 鎌田 浩毅 |
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章名 | 開始 | 目安 | 重要度 |
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はじめに 私たちはどこから来たのか? | p.7 | 3分 | ![]() ![]() ![]() |
第1章 海岸沿いに広がったのか? | p.13 | 10分 | ![]() ![]() ![]() ![]() |
第2章 私たち以前の人類について | p.31 | 9分 | ![]() ![]() ![]() |
第3章 ヒマラヤ南ルート | p.47 | 20分 | ![]() ![]() ![]() |
第4章 ヒマラヤ北ルート | p.81 | 16分 | ![]() ![]() ![]() |
第5章 日本への3つの進出ルート | p.109 | 9分 | ![]() ![]() ![]() ![]() |
第6章 対馬ルート、最初の日本人の謎 | p.125 | 12分 | ![]() ![]() ![]() ![]() |
第7章 沖縄ルート、難関の大航海 | p.145 | 17分 | ![]() ![]() ![]() |
第8章 北海道ルート、シベリアからの大移動 | p.175 | 5分 | ![]() ![]() ![]() |
第9章 1万年後の再会 | p.183 | 5分 | ![]() ![]() ![]() ![]() |
第10章 日本人の成立 | p.191 | 9分 | ![]() ![]() ![]() ![]() |
あとがき | p.206 | 3分 | ![]() ![]() ![]() |