作家の冲方丁氏が、偶然の中で生きる人間が幸福を得るためにはどうすれば良いかをテーマに、その考えを綴った一冊。
■経験の種類
人間は自分以外の誰かの体験に寄り添って生きており、個人のディテールズ(差異を認識すること)で得られるものは経験の内、ごく一部でしかない。経験は4種類に分類される。
①直接的な経験:五感と時間感覚
②間接的な経験:社会的な経験(伝聞などによる知識や常識、学問など)
③神話的な経験:超越的な経験であり、実証不能なものがほとんど
④人工的な経験:物語を生み出す源(想像力)
個人のディテールズで得られるのは、直接的な経験である。現代において人間が生きていく上では、①と②の経験があれば事足る。しかし、古代の人達にとって、③の経験である「神話的経験」は大きな意味を持っていた。例えば、古代の人々は自然の原理について知らなかったため、その答えを神話的な説明に従い生きていた。その後、人類は文字や数字を発明し、教育を普及させる事で②の経験を蓄積する事に成功した。
人工的経験とは、現実には起きていない事柄をあたかも経験したかのように経験する事をいう。現代では娯楽やコマーシャリズムに大いに活用されている。
②の経験で成り立つ社会に生きている限り、新鮮さというものはそれほどない。むしろ新鮮さを排除していく事が社会の秩序の役割でもある。社会が毎日、新鮮な状態に戻り、未知のルールが次々に生まれては、誰もそれに従えないからである。
そのため、新鮮さというものは、個人個人がどうにかして作りださなければならない。社会にいる事自体は幸福でも何でもない。社会が幸福や安全を感じる機会を保障してくれる事はあっても、個人の幸福や安全は本人が感じないといけないものだからである。そこに社会の限界がある。そうであるにもかかわらず、社会を発達させていくためには②の経験に自分を捧げなければならない。それを続けさせるのが報酬である。社会的な報酬を得る事で幸福や安心を得ているとしても、それは錯覚であり、本当に獲得したいものの代替品に過ぎない。
人間は本来、社会がどうなろうと、自分の周りの人間がどうなろうと微動だにしない幸福というものを1人1人が持っているはずである。環境がどうであろうと、その環境がすべて必然で秩序立っていて、自分と一体化しているという感覚を得る事で幸福感も獲得できる。しかし、社会が用意する報酬に依存しすぎると、ちょっとした事で自分が社会の目盛りからはじき出されてしまったと感じ、大きな精神的打撃を受けてしまう。
現代では、④の経験である物語づくりもまた、社会に振り回される人々の精神の作用に主眼が置かれている。社会の目盛りに右往左往する人間の心理を補強する事もあれば、助長する事もある。世の中の物語の大半が、いつのまにか②と④の経験の間を往復しているだけのものになっている。人生と戦おうとする場合、多くは②の経験と戦っている。しかし、それは目盛りと戦うようなものであまり意味がない。
生きていてよかったという第一の経験、即ち自分の五感と時間感覚における幸福感というリアリティを構築していく作業は、自分でやらなければならないものである。そのためには「自分が生まれる前」「死んだあと」「生きている現在」という大きな枠組みでみていく必要がある。その超越的な体験をもとにして自分の中の物語をつくっていく。
著者 冲方 丁
1977年生まれ。作家 大学在学中に『黒い季節』で角川スニーカー大賞金賞を受賞し小説家デビュー。早稲田大学第一文学部中退。小説のみならずメディアを限定せず幅広く活動を展開する。 日本SF作家クラブ会員。『マルドゥック・スクランブル』で日本SF大賞、『天地明察』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞、舟橋聖一文学賞、北東文芸賞を受賞し、第143回直木賞にノミネートされた。『光圀伝』で第3回山田風太郎賞受賞。
ビジネスブックマラソン 土井 英司 |
章名 | 開始 | 目安 | 重要度 |
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はじめに | p.3 | 2分 | |
第1章 「経験」の構造と種類 | p.15 | 18分 | |
第2章 偶然と必然のある社会 | p.47 | 16分 | |
第3章 偶然を生きるための攻略法 | p.75 | 25分 | |
第4章 物語と時代性 | p.119 | 17分 | |
第5章 日本人性がもたらす物語 | p.149 | 15分 | |
第6章 リーダーの条件 | p.175 | 9分 | |
第7章 幸福を生きる | p.191 | 19分 |