「法律さえ守れば何をやってもいい」が争いの原因
人間の最大の錯覚は、法律を守りさえすれば、何をやってもよいという考えのもとに「経済的な成功」や「学力・権力・地位・名誉」を求めてしまう事である。経済的な成功には限りがない。お金を得れば得るほど失う恐怖がつきまとい、結局安らかとはほど遠い精神状態になっている人もいる。また、権力や地位、名誉があるがゆえに、小さな失敗も許されず、足下をすくわれまいと神経を尖らせている人もいる。これは幸せな状態とは言えない。学力、金、権力、地位、名誉は所詮道具にしか過ぎない。真に幸せな人生を実現するためには品性(人間力)が最も大切である。
人間の価値は、どんな地位に就いたか、どんな学校を出たのか、どんな会社に勤めているのか、どんな家に生まれたのかではなく、どんな生き方をしたのかで決まる。
一切の悩みは比較より生じる
他人や他社との比較は、ほとんどの場合無駄である。自分の中のオンリーワンを見つけて、その部分を磨く方がよほど幸せで、賢い生き方である。会社でも自社の得意分野や自社ならではの特徴を伸ばす事が生き残る術である。答えは自分の中にある。
一生の後に残るものは与えたもの
人は永遠の命を与えられている訳ではないのに、出世や名誉や財産などの欲望を抱く。それは自分がどれだけ世の役に立ったかの証が欲しいのかもしれないが、「一生を終えて後に残るものは、我々が集めたものではなく、我々が与えたものである」というジェラール・シャンドリの言葉の通りである。同じ一生なら、いろいろなものをかき集める生き方ではなく、人に世に、より多くの何かを与える生き方をすべきである。
与える姿勢で生きる
本当に意義のある充実した人生を送りたいならば、人並みの生き方をしているだけではいけない。私達は、いかに得をするか、つまり少ない労力で多くを得ようという教育を受けてきた。その結果、激しい競争社会を生み、安心感のある幸せな日々を送る事ができない人が多い。
権利よりも義務を多くして獲得するものが少ない生き方こそが、人々から尊敬され充実した意義ある人生を送る事ができる。つまり100働いて80の報酬を求め、あとの20は他にプレゼントする。与える人こそが幸せになる。
感謝の意識を持つ
人生は一度きりである。それなのに、私達は毎日を同じ一日の繰り返しのように生きてしまいがちである。朝起きて、会社に行って、仕事をして、帰ってきて寝るという毎日。そんな繰り返しのような意識になってしまうと、すべてのものが当り前のように感じられてしまう。これでは無感動な人生を送る事になってしまう。
「二度とない人生だから」という意識を持つ事で、感謝の気持ちを持って毎日を生きる事ができるようになる。