遺伝子検査による病気のリスク判定、優秀な遺伝子を持つ受精卵を選別するデザイナーベビーなど、現在世界で進められている遺伝子研究について紹介されている一冊。
■発展する遺伝学
遺伝学の進歩と分子生物学的なアプローチとで、病気が起きるメカニズムの解明は確実に進みつつある。病気の発症にかかわる遺伝子は、今や特定変異で起きる先天性の疾患に限らず、がんや糖尿病、心臓病、アルツハイマー病といった病気でも次々見つかっている。こうした遺伝情報を利用すれば、一人ひとりの体質に合わせた病気の治療が可能になると言われている。
遺伝子を操作する技術も進化している。従来の遺伝子組み換え技術では、遺伝子がどこに入るのかわからなかった。それが最近は狙った場所に遺伝子を丸ごと入れたり、あるいは遺伝子を作る塩基の配列を1個単位で変え、痕跡をとどめない「ゲノム編集」と呼ばれる技術も登場している。ゲノム編集を応用すれば、受精卵の段階で、遺伝性の病気を治療する事ができるかもしれない。
一方で遺伝子が働く仕組みは想像以上に複雑で、環境や条件に大きく左右される事がわかってきた。特にここ数年間は、DNAの塩基配列に変化がなくても遺伝子の働きが活性化あるいは不活性化される「エピジェネティクス」という仕組みが脚光を浴びている。大事なのは、遺伝子が「ある」か「ない」かではなく、どのような条件の下で働くかだ。
■遺伝子検査ビジネスの最前線
米国ではGoogleの共同設立者、セルゲイ・ブリン氏らの出資でできた「23アンドミー」が2007年、唾液に含まれる遺伝子を構成するDNAの塩基配列のわずかな違いから病気のリスクや体質を判定する個人向けサービスを始めた。当初999ドルだった価格は99ドルまで下がり、しかも判定項目は250を超えている。
米国に遅れること約6年、日本でも2014年になって23アンドミー社とほぼ同じ内容のサービスが次々と始まった。しかし、米国ではこうしたビジネスが既に転機を迎えている。日本の厚生労働省に当たる米食品医薬局(FDA)が2013年、23アンドミー社に対して、病気のリスクを判定するサービスの中止を警告した。世界で40万人以上が利用しているが、判定結果に誤りがあった場合、不適切な治療を受けるなど利用者に不利益があると判断した。現在、23アンドミー社は病気のリスク判定を停止している。
23アンドミーは病気のリスクを判定するサービスは中止したが、解析した生データの提供は続けた。そこで脚光を浴びたのが23アンドミー社の代わりに遺伝子変異の意味を解釈してくれるウェブサイトやサービスの存在だ。つまり23アンドミー社が病気のリスク判定を止めても、利用者はこれまで通りに病気のリスク情報を得られる。
個人向け遺伝子検査ビジネスの生命線は顧客のデータベースにある。データベースが巨大になるほど価値を持ち、そこからまた病気や体の特徴に関する新たな知見がもたらされる。そして精度向上や判定項目の追加となって顧客にも利益の一部が還元される。23アンドミー社の顧客は遅々としながらも着実に増えている。
著者 行方史郎
1966年生まれ。朝日新聞社 科学医療部次長 青年海外協力隊員としてガーナ上下水道公社に2年2カ月間勤務した後、1992年、朝日新聞社入社。津支局、社会部、科学医療部などを経て、2011年から2014年までアメリカ総局員。現在は東京本社科学医療部次長
週刊ダイヤモンド 2015年 9/12 号 [雑誌] 丸善・ジュンク堂書店営業本部 宮野 源太郎 |
章名 | 開始 | 目安 | 重要度 |
---|---|---|---|
プロローグ | p.1 | 8分 | |
第1章 「究極の個人情報」の価値と値段 | p.25 | 23分 | |
第2章 遺伝子はだれのものか | p.61 | 12分 | |
第3章 裏切る遺伝子 | p.79 | 26分 | |
第4章 天才遺伝子を探せ | p.119 | 13分 | |
第5章 人はいつ人になるのか | p.139 | 17分 | |
第6章 「ジーンリッチ階級」は誕生するか | p.165 | 21分 | |
第7章 妊婦たちの選択 | p.197 | 13分 | |
第8章 人間の「質」に介入する時代 | p.217 | 21分 | |
エピローグ | p.249 | 4分 |
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