金剛家16の教え
金剛組がここまで存続できた特徴的な理由は、四天王寺の「お抱え」大工にして頂けたことと、それに伴う技術の伝承と研鑽がある。しかし、それだけではない。
会社が生き残るために大切なことは、原点を忘れないことである。第32世金剛喜定は、子供たちのために遺言書を残している。そこには、16条からなる金剛家当主としての心構えが記されていた。この内容は、いまも金剛組に受け継がれている。第32世の遺言は、金剛組の原点であり、経営の原点でもある。
・儒教、仏教、神明の三教の考を、よく考え、心得なさい。
・御殿ならびに武家のことは深く考えなくともよい。その主人の好みに従うこと。
・読書、そろばんの稽古をせよ。
・世間の方々と交際しても、決して出過ぎることがないように心得なさい。
・大酒しないように心得なさい。
・身分以上の華美な服装をしないこと。
・人を敬い、穏やかな言葉遣いをして、あまりしゃべりすぎないように心得なさい。
・目下の人には深く情をかけ、穏やかな言葉で召使いなさい。
・何事も他人と争うな。
・仮にも人を軽んじて、大言雑語を言わないようにせよ。
・どの人と接するにも慇懃にせよ。
・世の中の役目には高下の差別があるが丁寧にせよ。
・何事も諸事万端取引してくれる方々へは無私正直に対応しなさい。
・入札等が発生した時には、正直な見積りを書き付け、差し出しなさい。
・自身に不相応な事は、親類を集めて相談した上で、万事取り計らいなさい。
・先祖の命日には、仏事・供養の営みをして、時節・身分に応じた布施を心得ること。
一見すると、至極当然に思えるが、時代は変わろうとも、第32が残した16の教えは現代にも通じる教訓である。この教えを通して第32世が伝えたかったのは、分相応の「中庸の精神」を持つことの大切さである。
宮大工の仕事とは、社寺と密接にあることを意味する。かつて社寺とは、権力の中枢にいる存在でもある。欲を出して特定の権力に近い立場にいることを望んでいたとしたら、戦乱の中で金剛組は取り潰されていたことも考えられる。
原点に立ち戻る
社寺建築以外の不得手な仕事に手を出し始めてから、金剛組の経営は悪化した。一時期、金剛組が倒産したというニュースが世間を賑わせ、厳しい時代を迎えた。その理由の多くが、第32世が残した遺言を忘れてしまったがゆえの苦難と言える。会社はなぜ存在し、どうして生き残っているのか。その答えは「原点に立ち戻ること」で見つかる。
再建への一歩は、金剛組の原点である社寺建築に立ち返る事から始まった。宮大工なくして金剛組はない。社寺建築こそ金剛組の原点である。原点に戻ることとは、第32世が残した遺言書に忠実であることでもあった。