「キットカット」のマーケティングを成功させ、「ネスカフェアンバサダー」などの新しいビジネスモデル構築を手がけたネスレ日本の代表が、マーケティングを語る。
■マーケティングは経営そのものである
企業とは人が中心にいる世界だ。採用、育成、評価の問題。真っ先に人の問題にメスを入れるべきである。その時に欠かせないのがマーケティングの発想だ。マーケティングとは「経営そのもの」である。直接部門だけでなく、間接部門も、何らかの形でサービスを提供している。そこで、間接部門をサービスを事業とする企業として考えれば、マーケティングが成立するはずである。企業の中にある人事部門も、人材派遣会社や人事コンサルティング会社として考えるべきである。
日本企業の根本的な問題は、マーケティングに無知な事だ。日本企業とネスレが徹底的に違うのは、ネスレの社長や役員のほとんどがマーケティング部の出身であるという事だ。マーケティングの専門家である事は、すべての部門の専門家でもある事を意味する。ネスレではブランドごとに損益計算書を持っている。売上を上げるには営業を知らなければならないし、新たな製品を生み出すには製造現場を知らなければならない。それぞれのビジネス部門をマーケティングの視点から見れば、必ず、放置されている問題点に気づく。その疑問から出発して変革すれば、利益が生み出される。
■Think Globally, Act Locally.
「キットカット」のブランドマネジャーに素朴な質問を投げかけた。「『Have a break, have a Kit Kat.』のスローガンにある『break』って一体どういう意味なんだろうね?」
「ガイドラインには『センス・オブ・ユーモア』となっていますが・・・」。世界No1のチョコレートブランドを担当するマネジャーが、スイス本社の定めるガイドラインだけを気にしながらマーケティングを実施していたのだ。スローガンは、「キットカット」を「パキッ」と折るという意味でのブレイクと、ちょっと一休みという意味でのブレイクをかけたイギリス的なユーモアのセンスが込められたものである。しかし、日本人に全く伝わっていなかった。
「日本人にとって、キットカット・ブレイクのブレイクって何だ?」 キットカットブランドを再び大きく伸ばしていくには、旧来のグローバルに定められた仕組みから脱皮しなければならない。すでに話題になるようなテレビコマーシャルを制作し、それを流すだけで売上や利益が伸びる時代は終わっていた。日本人に理解される新たなキットカット・ブレイクの価値を提供する事が、ブランド価値向上につながると考えた。
そのために、日常生活で撮影された写真をもとに、消費者からキットカット・ブレイクにつながるイメージを募る事にした。「あなたにとって理想的な休憩はどんな時ですか?」 こうして集まった数千枚の写真から、日本人に理想とされるブレイクは、仕事や勉強などストレスのかかる事をすべて終えた後に、まったりと時間を過ごす事だとわかった。「ストレスからの解放」という新しい定義ができた。
次に考えたのが「キットカット」のメインターゲットとは誰かである」それは、チョコレートを最も消費する中学生から高校生のティーンエイジャー。ところが、当時の「キットカット」はスーパーを中心に販売されている袋物が主流だった。スーパーで買ってくるのはお母さんの役目。家庭に常備されたものを食べるのが中高生というパターンだった。中高生にとっては、自分たちのブランドという観点がすっぽり抜け落ちていた。
その観点から「ストレスからの解放」を詰めた結果、中高生のストレスが、受験、恋愛、友人関係に起因している事が判明する。その頃、鹿児島では、受験生を持つ親御さんが「キットカット」を買っている事がわかった。受験に「きっと勝つ」という言葉の方言が「キットカット」と似ているため縁起がいい。
この時から、「キットカット」の「受験生応援キャンペーン」という業界を揺るがす一大キャンペーンがスタートした。ネスレグループには「Think Globally, Act Locally.」という哲学がある。地域ごとに適した独自の判断が求められているのだ。
著者 高岡 浩三
1960年生まれ。ネスレ日本株式会社 代表取締役社長兼CEO 1983年ネスレ日本株式会社入社。各種ブランドマネジャー等を経て、ネスレコンフェクショナリー株式会社マーケティング本部長として「キットカット」受験生応援キャンペーンを成功させる。 2005年、ネスレコンフェクショナリー株式会社代表取締役社長に就任。2010年、ネスレ日本株式会社代表取締役副社長飲料事業本部長として新しいネスカフェ・ビジネスモデルを提案・構築。 利益率の低い日本の食品業界において、新しいビジネスモデルを追求しながら超高収益企業の土台をつくる。同年、ネスレ日本株式会社代表取締役社長兼CEOに就任。 現在、経済同友会幹事、医療・福祉ビジネス委員会副委員長。日本インスタントコーヒー協会会長。
ビジネスブックマラソン 土井 英司 |
日本経済新聞 |
TOPPOINT |
Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2014年 01月号 [雑誌] |
章名 | 開始 | 目安 | 重要度 |
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序章 史上初、生え抜き日本人社長に就任 | p.1 | 12分 | |
第1章 マーケティングは経営そのものである | p.19 | 29分 | |
第2章 売れない商品を売ってこそ一人前 | p.63 | 22分 | |
第3章 撤退という決断を下すとき | p.97 | 17分 | |
第4章 批評の前に自分のアイデアを実行せよ | p.123 | 26分 | |
第5章 ゲームのルールを変えろ | p.163 | 31分 | |
第6章 採用・育成・評価で会社は決まる | p.211 | 16分 | |
第7章 危機のあるところに機会がある | p.235 | 20分 | |
終章 本物のリーダーはリーダーをつくる | p.265 | 7分 | |
あとがき | p.275 | 1分 |
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