通算3500勝を超え、数々の記録を打ち立ててきた武豊騎手が、その勝負哲学を語った1冊。ディープインパクトやオグリキャップ、スペシャルウィークなどの名馬との思い出を紹介しながら、勝負で勝つために必要なこととは何かを説く。
■我慢することの難しさ、大切さ
人が100人いれば、100の個性があるように、サラブレッドにもそれぞれ個性がある。臆病な馬、雨が苦手な馬、並んだら絶対に抜かせない馬。人間がそうであるように、一頭一頭、短所もあれば長所もある。重要なのは、どうやってそれをレースで活かしてあげられるかである。短所を長所に変えてあげるのが、騎手の仕事であり、勝負師にとって大切な事である。
「スプリンターズS」の優勝馬、バンブーメモリーは距離に関係なく、スタートからゴールまでとにかく一生懸命に走ってしまう馬だった。自分のスタミナも考えず、ただひたすら速く走るので、当然器用さは微塵もない。レースでも調教でも、直線を向くまでどうやってなだめるかだけに神経を集中していた。人であれ、馬であれ、「ここだ!」というタイミングまで我慢するのは時に難しいもの。だからこそ、我慢し続けた結果、勝ち取った栄冠は何より輝く。
■運でさえ味方につける
競馬は運命的な出逢いが、夢の扉を開ける鍵になるといっても言い過ぎではない。初めてダービーを勝った後、1つの真理に辿り着いた。ダービーに勝つのが難しいんじゃない。ダービー馬と巡り合う事が難しいんだ。その年に誕生するサラブレッドが、関東の厩舎に所属した時点で、確率は半分に減る。仮に関西の厩舎に入る事になっても、お付き合いのない厩舎だと、騎乗できる可能性は限りなくゼロに近くなる。
信頼できる調教師の先生とスタッフ、尊敬できるオーナー、運すべてが揃ってはじめて、夢へのスタートラインに立つ事ができる。「運がいい」と思わず、運でさえ味方につける事である。
■どんな事にも、必ずチャンスはある
騎乗するからには勝ちたい。たとえそれがどんなレースであろうと、どんな馬がパートナーであろうと、その気持ちは揺るぎない。それが勝負師としての挟持である。
明らかに力の差があったとしても、相手に出遅れるなどのアクシデントがあり、自分が完璧に乗ったら勝てるかもしれない。それでも無理だったら、自分がより完璧に騎乗し、相手にさらなる不利が生まれる状況をイメージし、勝てる確率を上げていく。G1のレースともなると、100通り、200通りの戦術を頭の中で思い描き、勝つイメージを膨らませていくのが武豊流の考え方だ。
競馬には数え上げたらキリがないほど不利を受ける状況がある。結果、1つも不利が起こらずに負けても、考えた事は必ず次ぎに活きるし、巡ってきたチャンスをモノにできるようになるはずである。どんな事にも、必ずチャンスはある。
■プレッシャーは「感じていないように見せる」のが大事
「プレッシャーを克服する方法を教えて下さい」と聞かれた時は、静かに相手の目を見て、ニッコリ微笑む事くらいしかできない。そういうお手軽で便利な方法はないのだから。
G1レースや圧倒的な人気に推された単勝100円台のレース前は、誇らしい気持ちと同時に、ひたひたと押し寄せるプレッシャーに襲われる。しかし、すべては、準備と経験である。何が起こっても慌てないように準備し、想定を超えた事には経験で対応する。そこまでやっておけば、押しつぶされそうなプレッシャーでも、気持ちに余裕ができる分だけ、少しは軽くなるはずである。
そして、プレッシャーは感じなくする事はできないが、感じていないように見せる事はできる。自分がプレッシャーを感じていないと思わせる事が、そのまま相手にとってプレッシャーになるので、効果は絶大である。プレッシャーを感じているとライバルに悟られる事は、即、勝負の行方に影響するのが厳しい勝負の世界なのである。
著者 武 豊
1969年生まれ。JRA騎手 1987年に騎手デビュー。1988年の菊花賞をスーパークリークで制してGI初勝利を挙げる。以後、オグリキャップ、サイレンススズカ、スペシャルウィーク、ディープインパクトなど数々の名馬に跨りビッグレースを制してきた。 2013年、第80回日本ダービーをキズナで勝利しダービー通算5勝の金字塔を打ち立てた。
帯 作家 伊集院 静 |
章名 | 開始 | 目安 | 重要度 |
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はじめに | p.2 | 1分 | |
勝負師の極意 前編 | p.11 | 33分 | |
特別対談 武豊×伊集院静 | p.98 | 6分 | |
勝負師の極意 後編 | p.113 | 33分 |