キューブモンスターの支配
翌朝、IT部の社員にパソコンを見てもらったが、ウイルスに感染した兆候など何もないという。マユクは自分のキューブ(オフィスのワークスペース)に戻り、資料作りに没頭した。すぐに昼休みになり、仕事をしながら食べようとサンドイッチを片手にファイルを開く。すると、画面に文字が浮かび上がってきた。
「今のきみはキューブの奴隷だ。独房の中で食事するのは囚人と一緒。」
思わず、片手に持ったままのサンドイッチを見る。マユクは、ランチに出ようとする部下たちに声をかけ、一緒にランチに出かけた。久しぶりのちゃんとした昼食だった。
その日の5時半になって、マユクは自分のチームに一斉メールを送り、6時から緊急ミーティングをすると知らせた。ダイナミクス社の新しいノートパソコンのブランド「ポケットブック」のマーケティング計画は、予定より遅れていた。6時、パソコンに、あの文章がまたも現れた。
「自分がキューブモンスターの奴隷だからって他の人を巻き添えにする必要ある?」
パソコンはまたシャットダウンしてしまった。部下たちに、ミーティングは朝イチにしようと告げた。マユクも帰宅する事にした。日のあるうちに帰宅するのが本当に久しぶりだと気付いた。
じぶんコーポレーション
翌日、デスクの上で新しい名刺が一箱、マユクを待っていた。マユクの名前が書いてあるが、肩書きが変だった。「じぶんコーポレーション CEO」。そして、ノートパソコンを立ち上げると、あの文章が現れた。
「ほんとのところ、誰のために働いてるの?」
夕方になって株価のチェックをしていると、株価チャートの会社名が消えて、じぶんコーポレーションという社名が浮かび上がってくる。ウイルスが送ってくるメッセージの意図ははっきりしていた。もちろんマユクは企業に勤めている。だが、それより大事なのは「自分という会社」を経営する事ではないのか。すなわち人生の事だ。
グラフは下降傾向にある。「出張に行っていたせいで、結婚記念日を祝えなかった」「仕事のせいで、休暇の予定をキャンセルした」
いつしか仕事以外の人生を、特に家族との時間をないがしろにするようになっていた。
自分とアポをとる
例のウイルスは、短期間の間にマユクの人生を大きく変えてしまった。じぶんコーポレーションの株価を上げるには何が大切か、それはわかった。問題は時間だ。
「カレンダーの奴隷になるな。」
カレンダーを見ると、「アポ:自分」といった予定が毎日入っている。他人に決められたアポイントを受け入れるだけでなく、むしろソフトを使って自分の時間を自分でコントロールすればいい。
自分の視点をもつこと。それがウイルスからマユクが得た最大の学びだった。