先延ばしに意義を見いだす
不思議な事に、自分の先延ばしは多くの物事を成し遂げる上で必要なものなのだと意識すると、自分に自信が持てるだけでなく、実際に物事をやり遂げる能力も向上する。その自覚を持つと、罪悪感や自分を軽蔑する気持ちが払拭され、やらないといけない事を避けている理由が見えてくるのだ。
先延ばしやは、やらないといけない事を先延ばしにする。この欠点とされている性質も、そうする意義があれば利点に変わる。この「意義ある先延ばし」は「先延ばしにするからといって何もしないわけではない」という考え方が前提となる。何かを先延ばしにしていながら他の事を何もしない、という人はほとんどいない。庭いじりをする、鉛筆を削る、棚の模様替えをする時のための図を描くなど、無意味ではない何かしらの事はする。そうすれば、それよりも重要な用事をやらずに済むからだ。
その反面、たとえ難しく時間のかかる重要な用事であっても、それ以上に緊急性や重要度の高い事をせずに済むのであれば、進んで手をつけようとする。この事実を逆手にとってやらないといけない事を片づけるようにすれば、その過程で何かを先延ばしにする事は「意義ある先延ばし」となる。
先延ばしグセを何とかしようとする人は、たいてい間違った方向に進む。やるべき用事の数を最小限に抑えようとする。そうすれば、先延ばしにせず、すぐに取り掛かるようになると思うのだろう。だが、それでは、先延ばしやの根本的な性質に反する事態を招き、やる気を生み出すのに最も重要なものを失う事になる。
リストアップする用事が少ないと、重要な用事ばかりになり、それらを回避するために利用できる用事がなくなる。それでは、効率の良い人ではなくカウチポテト族になってしまう。
それでは、リストの上位に持ってきた重要な用事は、一生手つかずのままになるのか?
リストの上位には、上位に適した用事を見極めて持ってくる必要がある。次の2つの条件を満たしているものが理想だ。
①明確に決まっているが、実際には守らなくても何とかなる締切があること
②重要な事に思えるが、実際にはそうでもないもの
先延ばしに意義を見いだすにはある程度の自己欺瞞が必要になる。重要度も緊急性もそれほど高くない用事を見つけた上で、それらを直ちにやらないといけない用事だと思い込む必要がある。
先延ばしグセがあっても、終わらせる価値のある他の用事はたくさんこなしている。だから、先延ばしグセをする自分を軽蔑するのはもうやめよう。