現在、経済学で主流になっているマネーサプライの供給拡大による景気刺激策は、効果が乏しいと批判。デフレ現象の根底にある問題を解き明かす。
■貨幣数量説は正しいか
1990年代から20年間続く日本のデフレについて考える時、参考になるのは1873−96年にイギリス経済が陥った大不況である。この時代、物価は2/3の水準まで、だらだらと低下し続けた。デフレはなぜ止まらないのか。当時の大経済学者たちが、よりどころとしたのが「貨幣数量説」だった。
「物価は貨幣数量(マネーサプライ)に比例する」という貨幣数量説は、名目物価の持続的上昇/下落であるインフレ/デフレはいずれも「貨幣的な現象」であると言い換える。つまり、マネーサプライを十分に増やせば、必ずデフレは止まり、インフレに転じるはずだとする。
しかし、1890ー96年にイギリスではマネーサプライは増大したのに、物価は下落した。こうした事実に基づき、ケインズは物価下落の主因は投資が落ち込んだ事
だと主張し、貨幣数量論を捨てた。貨幣数量説はデフレの解明に成功を収めたとは言えないのである。
多くのモノやサービスの価格が揃って下落し続けるデフレは「貨幣的な現象」である。だから、デフレを説明する上で最も重要な変数はマネーサプライだ。こうした経済学の背後にある理論は「国際標準」の理論、「貨幣数量説」である。デフレを止めるために、日銀はインフレ・ターゲットを掲げてマネーサプライを増やせ、というのがスタンダードなマクロ経済学の考え方である。
金利がゼロでなければマネーサプライの増加は、利子率の低下をもたらす。それは利子率の変化に感応的な投資や消費を刺激して、経済にプラスの影響を与えるだろう。しかし、ゼロ金利の状態では話が違ってくる。実際、これまでマネーサプライを増やしても、それが実体経済にプラスの影響を与え物価を上昇させる、という事はなかった。マネーサプライの増加が十分でないとか、やり方が悪いというような議論は、説得力に欠ける。
「国際標準」の経済学に基づく政策提言が「空振り」に終わったのは、経済学に問題があるからである。1990年代の日本経済に対する処方箋として、「期待インフレ策」の基礎とすべき理論は「クルーグマン・モデル」である。しかし、これには2つの重大な問題がある。
①期待インフレの創出
足許のデフレが逆に期待インフレを生み出すというのは、理論の中でのみ起こりうる倒錯した論理であり、現実には起こり得ない。問題は、デフレの下で、いかにインフレ期待が生まれるかだ。
②利子弾力性の問題
モデルでは、実質利子率が低下すれば、消費など需要が速やかに増大する事になっている。しかし、日本経済の問題は、不確実性の異常な高まりの中で弾力性が低下し、政策が無効になる点にある。利子率が下がったにもかかわらず、現実には投資を減らす企業もたくさんある事は言うまでもない。
「期待」は、株など資産市場や、原油をはじめとする一次産品の市場で、大きな役割を果たす。しかし、そもそも価格や賃金の決定において、将来に対する「期待」の出番はあるのか。普通のモノやサービスの価格や賃金の決定においては、「期待」が入り込む余地はほとんどない。「将来××だろうから」価格を上げるとか、「将来××になるはずだから」賃金を下げる、というような事はあり得ない。なぜなら、将来の事はわからないから、売り手と買い手の間で将来の関する「期待」が一致する事はないからである。普通のモノやサービスの価格、賃金の決定の原理は「公正(売り手と買い手が、その価格を妥当だと考えるか)」である。
著者 吉川 洋
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科教授 1978年米国ニューヨーク州立大学助教授、1982年大阪大学社会経済研究所助教授、1988年東京大学経済学部助教授、1993年東京大学経済学部教授を経て現職。 2001年~2006年および2008年~2009年経済財政諮問会議民間議員。2008年社会保障国民会議座長。2010年~財政制度等審議会会長。
エコノミスト 2013年 4/23号 [雑誌] 慶応義塾大学教授 小熊 英二 |
PRESIDENT (プレジデント) 2013年 5/13号 [雑誌] 翻訳家 徳川 家広 |
日本経済新聞 東京大学教授 福田 慎一 |
週刊 東洋経済 2013年 8/17号 [雑誌] |
週刊 ダイヤモンド 2013年 2/9号 [雑誌] |
日経ビジネス |
週刊 ダイヤモンド 2013年 2/16号 [雑誌] 中央大学商学部教授 井上 義朗 |
エコノミスト 2013年 3/26号 [雑誌] 法政大学大学院政策創造研究科教授 小峰 隆夫 |
週刊 東洋経済 2013年 3/30号 [雑誌] BNPパリバ証券経済調査本部長 河野 龍太郎 |
章名 | 開始 | 目安 | 重要度 |
---|---|---|---|
第1章 デフレ論争―デフレの何が問題なのか | p.1 | 26分 | |
第2章 デフレ20年の記録 | p.39 | 26分 | |
第3章 大不況1873‐96 | p.77 | 14分 | |
第4章 貨幣数量説は正しいか―リカードからクルーグマンまで | p.97 | 35分 | |
第5章 価格の決定 | p.149 | 15分 | |
第6章 デフレの鍵は賃金―「なぜ日本だけが?」の答え | p.171 | 16分 | |
第7章 結論―迷走する経済学 | p.195 | 18分 |
デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21) [Amazonへ] |