CBS・ソニーレコード、ワーナーミュージック、エイベックスと音楽業界に50年以上かかわり、数々のアーティストを輩出してきた著者が、人生と仕事を振り返る。
多くの大物アーティストとのエピソードを描きながら、最後に到達した人生訓を語っています。
■弱点を意識せよ
あるがままの性格はたいした事がない。社会に出たら、性格を作り直すぐらいの覚悟がないと人生はうまく回らない。今の時代、「何でもいいから、長所を伸ばせ、弱点には目をつぶれ」と言われる。確かに、弱点は長所にならないが、だからこそ、弱点を意識する事が大事だ。長所はほっといても伸びる。弱点は、意識的に改善に取り組まないと直らない。
音楽の世界でも、ここ20年ぐらいのキーワードは「等身大」だった。あるがままの自分を見せて、長所も弱点もある自分を受け入れてもらう。しかし、日本人のアーティストだけでやっている内は良かったが、2000年代に入って、K・ポップのアーティストが日本に参入してくると事情は変わった。彼らは、歌やダンスはもちろん、ファンへの接し方、メディアへの対応の仕方も厳しく鍛えられている。これからは、「等身大」を唱えるアーティストよりも、トレーニングをきっちり受けて、完成度の高い芸を見せられるアーティストが、国籍を問わず人気を集めるだろう。それは、一般の社会でも同じだ。
■音楽賞の地盤沈下
日本レコード大賞に象徴される音楽賞を獲得する競い合いを「賞レース」と呼ぶ。私達は「賞レース」に業務として力を入れた。その理由は、受賞すると売上に反映するからだ。結果的に宣伝費の軽減につながった。同時に社の信用も上がって、有望な新人を獲得しやすくなる。
頻繁に利用したのは、CBS・ソニーの高いイメージ。「CBS・ソニーの10周年なので、よろしくお願いします」などと審査員に訴える。かつての賞レースでは時には審査員にもお金が動いたようだ。「あいつは金で転ぶ」と見られれば、そこに向かって動く。
審査員に煮え湯を飲まされた事もあった。1972年の日本レコード大賞の最優秀新人賞では、所属する郷ひろみが選ばれると確信していた。我々は、総勢約35人の審査員への根回しをばっちり済ませ、過半数を超える審査員から郷への投票の感触を得て、受賞を信じて疑わなかった。ところが名前を呼ばれたのは麻丘めぐみだった。郷が得た得票はわずか2票。ジャニーズ事務所からは、賞レースに関しては「レコード会社ですべてやってくれ」と言われていたので、面目は丸つぶれだった。
さらにショックな事に審査員の5、6人から「稲垣さん、だめじゃないか、しっかりしないと。郷に入れたのに、郷が敗れて恥をかいちゃったよ」と言われたのだ。得票数は2票だから、残りの数人は嘘をついている。人間は怖いと思った。この教訓を得て、本気でやらなければと人間関係を構築し直して、賞獲り作業の最終段階では、投票の意志の確認をきっちり行うようにした。
■人生は51勝49敗でいい
レコード会社でヒット曲を出す、歌手を人気者にする、という行為は釣りと似ていた。釣りには、釣り道具とえさ、そして釣りの技術も必要だが、それだけでは十分でない。川や海に魚がいないと話にならない。そして、魚がえさに食いつきたいと思っている事が重要だ。天気に注意し、潮の流れを読む事も必要である。
要はヒット曲を作るためには状況を見極める、仕掛けを施す、人と人をつなぐといった事が必要だ。ただ、そうはなかなかうまくいかない。うまくいかない原因の一つは、準備不足。そして、もう一つが運、不運。実際のところ、なぜヒットしたか分からないのが素直な気持ちだ。
だから、51勝49敗でいい。最終的に2つ勝ち越せば、よしとする。すべて勝てる道理はない。果敢に攻めていくのも大事だが、我慢するのも大事だ。釣りでも、魚に食い気のない時はじっと待つ。但し、いくら糸をたらしても食いつかない事もある。そこはきちんと見極めないといけない。
一つのプロジェクトには、準備に1年、本番に1年、反省に1年が必要だ。それを繰り返して、スパイラル的に上に上がっていかねばならない。重要なのは検証である。そして最後は天に任せるしかない。
著者 稲垣 博司
1941年生まれ。エイベックス・エンタテインメント顧問 1964年大学卒業後、渡辺プロダクションに入社。1970年にCBS・ソニーレコード(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)へ移り、松田聖子、尾崎豊らを見出す。1992年、同社代表取締役副社長、1996年、SMEアクセル代表取締役社長。 1998年にソニー・ミュージックエンタテインメントを退社し、ワーナーミュージック・ジャパン代表取締役会長に。2004年にエイベックス(現・エイベックス・グループ・ホールディングス)に入社。その後、エイベックス・エンタテインメント代表取締役会長を経て、同社顧問。 50年にわたり日本の音楽業界をリードし、日本で一番レコードをセールスした男と呼ばれる。
帯 元三井物産副社長 渡邊 五郎 |
帯2 エイベックス・グループHD代表取締役 松浦 勝人 |
日本経済新聞 |
章名 | 開始 | 目安 | 重要度 |
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プロローグ | p.9 | 2分 | |
1 渡辺プロダクション時代 | p.13 | 14分 | |
2 CBS・ソニー時代 | p.39 | 49分 | |
3 ワーナーミュージック・ジャパン時代 | p.129 | 9分 | |
4 エイベックスへ | p.145 | 6分 | |
5 音楽業界に向けて今思うこと | p.157 | 12分 | |
6 これから次代を担う人たちに向けて | p.179 | 10分 | |
エピローグ | p.198 | 2分 |
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