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2013/03/16更新

なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか

205分

8P

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産業革命がなぜイギリスで始まったのか

産業革命は世界史の転換期であった。それにより持続的な経済成長の時代が開始されたからである。賃金が割高で、炭田地帯を有するイギリスは、他のどの国よりも賃金に対するエネルギーコストが割安であった。割安なエネルギーと資本をどんどん使って、割高な労働を節約するような技術を採用する事により、イギリスの企業は利益を上げる事ができた。しかし、他の地ではそうではなかったのである。

工業化の標準モデル

1815〜1870年までの間に、産業革命はイギリスから大陸諸国へと広がり、大きな成果を挙げた。西ヨーロッパ諸国と北米は、イギリスにキャッチアップしただけでなく、世界の技術フロンティアを進展させた。後追いのほとんどの国々は、イギリスの成功を模倣するために戦略を持っていた。この標準的な発展戦略は4つの原則を持っていた。

①内国関税の撤廃と輸送の改善により大きな国内市場を創出すること
②対外関税を設定し「幼稚産業」をイギリスとの競争から保護すること
③通貨を安定させ、事業に資金を供給する銀行を創設すること
④技術の開発と受け入れを加速させるために大衆教育を確立すること

この発展戦略は大陸ヨーロッパがイギリスにキャッチアップするのを助けた。富裕国の高賃金状況は資本の集約によって労働を節約するような製品の発明を誘発し、進歩の上昇スパイラルへとつながった。

貧困国の罠

技術変化の格差は、グローバル化の進行と相まって、西欧諸国の工業化を促進し、同時にアジアの古くからの工業経済を挫折させてしまった。技術変化と輸送費の低下はいくつもの国々を低開発国に変えてしまった。

貧しい国は、なぜ西側諸国の技術を採用せず、自らを豊かにする事ができないのか。その答えはそれが割に合わないからである。21世紀における西側諸国の技術は大量の労働者1人あたりの資本量を要する。その資本が労働の代用として費用対効果にかなうのは、賃金が相対的に資本価格より高い場合だけなのである。今日貧しい国々は上昇スパイラルに乗り遅れてしまった。

ビッグプッシュ型工業化

20世紀、西洋はその他の世界をさらに引き離したが、こうした傾向に反し、日本、台湾、韓国、ソ連、中国などは西洋に追いついた。

大きな国が急速に成長し続けるための方法は、先進国経済のすべての要素を同時に準備する事によるしかない。つまり、製鉄所、発電所、自動車工場、都市等を同時に建設するという事である。これがビッグプッシュ型工業化である。

これらの国々は、西洋と教育、資本、生産性の3つの格差を縮めなければならなかったが、様々な形態での国家主導の工業化が資本と生産性の格差を埋めたのである。大規模な資本集約的技術は、必ずしもすぐに費用対効果が高くなかった場合にも、採用された。