開成高校野球部のセオリー
「一般的な野球のセオリーは、拮抗する高いレベルのチーム同士が対戦する際に通用するものなんです。同じ事をしていたらウチは絶対に勝てない。普通にやったら勝てる訳がないんです」
青木秀憲監督は静かに語った。彼は東京大学野球部出身。その一般的なセオリーというのはと尋ねると彼は即答する。
「例えば打順です。一般的には、1番に足の速い選手、2番はバントなど小技ができる選手、そして3番4番5番に強打者を並べます。要するに、1番に出塁させて確実に点を取るというセオリーですが、ウチには通用しません。そこで確実に1点取っても、その裏の攻撃で10点取られてしまうからです。送りバントのように局面における確実性を積み上げていくと、結果的に負けてしまうんです」
「つまり、このセオリーには『相手の攻撃を抑えられる守備力がある』という前提が隠されているんです。我々のチームにはそれがない。ですから『10点取られる』という前提で一気に15点取る打順を考えなければいけないんです」
「1番から強い打球を打てる可能性のある選手です。2番に最も打てる強打者を置いて、3番4番5番6番までそこそこ打てる選手を並べる。こうするとかなり圧迫感がありますから」
「打順を輪として考えるんです。毎回1番から始まる訳ではありませんからね。ウチの場合、先頭打者が8番9番の時がチャンスになる。一般的なセオリーでは、8番9番は打てない『下位打者』と呼ばれています。8番9番がまずヒットやフォアボールで出塁する。すると相手のピッチャーは、『下位打者を抑えられなかった』とうろたえる訳です。そこへ1番打者。間髪を入れずにドーンと長打。強豪校といっても高校生ですから、我々のようなチームに打たれれば浮き足立ちますよ。そして、ショックを受けているところに最強の2番が登場して点を取る。さらにダメ押しで3番4番5番6番と強打者が続いて勢いをつける。勢いにまかせて大量点を取るイニングをつくる」
「我々のようなチームの場合、ギャンブルを仕掛けなければ勝つ確率は0%なんです」彼らは大量の「リターン」(点)によって、コールドゲームに持ち込み、「リスク」を生み出す回をなくそうとしている。
守備の方は、これで大丈夫なのでしょうか?と指摘した。
「守備というのは案外、差が出ないんですよ。1試合で各ポジションの選手が処理する打球は大体3〜8個。その内猛烈な守備練習の成果が生かされるような難しい打球は1つあるかないかです。我々はそのために少ない練習時間を割く訳にはいかないんです」
監督のセオリーの前提は「10点取られる」という事。10点取られるつもりで守備に当たるので、多少のエラーでは動揺したりしないのである。