逆境からのスタート
ダイエー時代の「負の遺産」は、社内にはびこる諦念や経営に対する不信だけではなかった。経営不振に陥ったダイエーは、余剰になった人員をローソンに送り込んだ。その一部は加盟店オーナーになっていたが、彼らはローソンSVの頭越しに本社のダイエー出身者と交渉するなど越権行為を繰り返し、組織のモラールを著しく低下させた。さらにコンビニ経営の生命線であるITと物流網も、ダイエー子会社が開発と運営を担っており、非効率で運用コストも不透明で高かった。
社長就任してしばらく、ローソン社内は、新浪にとっては「逆境」という言葉では表せないような惨状だった。
一番うまいおにぎりを作ろう
新浪は、おにぎりの新商品開発を行う直轄プロジェクトのメンバーから商品開発のプロ「商品部」を徹底的に排除した。集めたメンバーは商品開発の経験がない「素人」ばかり。だが、彼らはダイエー出身の商品担当者たちが失っていた情熱を持っていた。
おにぎりは、コンビニが日本に定着させた「中食」の象徴だ。最も良い場所に配置され、よく売れる。それでいて、シンプルな商品なので、差別化が図りにくい。商品の本流であるおにぎりで挑んでも、業界の王者・セブン・イレブンに勝てるはずないじゃないか。既存の商品部員たちは冷ややかな目を向けた。だが、素人のプロジェクトメンバーには先入観がない。
「とにかく値段は気にせず最高のものを作ってこい!」新浪は叱り飛ばす。素人たちの発想は自由奔放だ。サケの切り身、豚の角煮、新潟産コシヒカリ。具材、コメ、塩、海苔、調理法、いずれもこだわって試作と試食を重ねた。
「で、これ、いくらで売れるんだ」新浪は尋ねる。「300円です」「よし、じゃあこれを売れる金額まで何とか落とし込もう」結局、工夫を重ね168円まで売価を下げる事ができたが、それでも強気の値付けだった。
新浪はこの時、右手でおにぎりを作りながら、左手でリストラの手を打っている。商品部を中心に、早期退職で部長クラスを2割削減。直営店700店の内211店を閉鎖。意欲がないと判断した加盟店400店も閉じた。にもかかわらず、おにぎりの販売促進に10億円の大金をつぎ込む。結果は予想を超えた大成功だった。コンビニ業界の常識を覆すような高級おにぎりは、売れに売れた。
それは新浪にとっては必要な賭けだった。リストラによって出血を止めつつ、一方で、社員や加盟店、顧客などにそのリストラが「縮小均衡に向かうもの」という印象を与えないような手を打つ必要があった。「おにぎり」の成功で、新浪改革が始まっていく。