決断力に欠け、情報を軽視し、従来のやり方に固執して、責任をとろうともしない。 これは、太平洋戦争の指揮官たちにみられる共通の悪弊である。
太平洋戦争の教訓から、求められるリーダーシップとは何かを考えさせる1冊。
名著『失敗の本質』のリーダーシップ版とも言える内容です。
■日本型リーダーシップの発祥
日本型リーダーシップの原型をつくったのは、明治十年の西南戦争と言える。西南戦争において、政府軍の「総督」には有栖川宮熾仁親王が任命され、「参軍(参謀長)職」には山県有朋と川村純義が就いた。
戊辰戦争の時も総大将となった有栖川宮の役どころは「指揮官」というより「ミカドの名代」。維新から10年、官軍が自らの正統性を示すパフォーマンスにはまだまだ重要だった。いきおい総大将はおごそかなる権威があればいい、実際の指揮官たる参謀長および幕僚さえしっかりしていれば、戦はうまくいくと考えたのである。
そして、西南戦争の勝利が明治政府と帝国陸海軍のリーダーシップに関する考え方を決定づけることになった。それは一言で言って「参謀が大事だ」という考えである。
太平洋戦争において、国家を敗亡に導いたのは、これぞというリーダーがいなかったためではないか。優れたリーダーがいなかった理由になるのが、日露戦争の大勝利の栄光にある。その栄光を汚さないために、参謀まかせの「太っ腹リーダー像」が生み出された。この「威厳と人徳」の将を支えるために「参謀重視」が金科玉条の教えとなった。
結果として、「上が下に依存する」という悪い習慣が通例となる。こうなると、軍司令官は参謀の「代読者」になるほかない。当然のことのように、机の上だけの秀才参謀たちの根拠なき自己過信、傲慢な無知、底知れぬ無責任が戦場にまかりとおり、兵隊がいかに奮闘努力、獅子奮迅して戦っても、すべて空しくなるばかりである。
そして今、強いリーダーシップが求められている。今の政官財の無責任体制はほとんど昭和戦前と変わらない。「想定外」という言葉は、「無責任」の代名詞である。この事に対する根本的な反省のない限り、日本の再建はありえない。
著者 半藤 一利
1930年生まれ。作家 大学卒業後、文藝春秋入社。「週刊文春」「文藝春秋」編集長、取締役などを経て作家に。近現代史、特に昭和史に関し人物論・史論を、対談・座談も含め多く刊行している。
成毛眞ブログ 成毛 眞 |
週刊 東洋経済 2012年 11/10号 [雑誌] |
日本経済新聞 福井県立大学地域経済研究所所長 中沢 孝夫 |
章名 | 開始 | 目安 | 重要度 |
---|---|---|---|
前口上 | p.9 | 3分 | |
第一章 「リーダーシップ」の成立したとき | p.15 | 31分 | |
第二章 「参謀とは何か」を考える | p.67 | 19分 | |
第三章 日本の参謀のタイプ | p.99 | 26分 | |
第四章 太平洋戦争にみるリーダーシップⅠ | p.143 | 40分 | |
第五章 太平洋戦争にみるリーダーシップⅡ | p.209 | 28分 | |
後口上 | p.255 | 3分 |
戦争論〈上〉 (岩波文庫) [Amazonへ] |
大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫) [Amazonへ] |
瀬島龍三―参謀の昭和史 (文春文庫) [Amazonへ] |