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2013/01/08更新

アップル、グーグル、マイクロソフト-仁義なきIT興亡史-

404分

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検索エンジン

ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは、斬新な検索エンジンのアイデアを打ち出していた。ウェブの索引付け方法を考えついた人間は過去にもいたが、2人には才能と行動力があった。検索エンジンの開発は、ヤフーを始めとする多くの企業も既に行っていたが、あまり儲からなかったり、本業で十分な収益があるといった理由から、開発はたいして進んでいなかった。その頃、マイクロソフトの上級幹部でオンライン検索の利点と潜在力に気付いている者は皆無だった。

ペイジとブリンは、96年にスタンフォード大学の1台のパソコンで、ウェブページをランク付けするアルゴリズムを構築した。2人は、このアイデアをエキサイトやヤフーに売り込もうとしたが、両社はわざわざ購入するには至らなかった。

検索エンジンは本質的な矛盾を抱えているように思えた。もし優れた検索エンジンを提供すれば、ユーザーは表示されたサイトに移動してしまい、検索サイトにはとどまってくれない。つまり、YahooやMSNにとって、広告収入を得る機会を失ってしまうことになる。

2000年初頭、グーグルは急速に成長する。この頃、グーグルは、検索結果の横にテキスト広告が表示される『AdWords』の開発に着手した。広告主は検索に入力される「キーワード」に入札し、広告枠を手に入れる。この広告モデルによりグーグルは利益を出すことに成功する。2001年上半期には、ウェブ上で最も人気のある検索エンジンとなり、その地位を不動のものとした。

2003年2月、ゲイツとバルマーを含むマイクロソフトの最高幹部は、MSN担当役員から、これまで見過ごしてきた重大なビジネス上の脅威について事情を聞くために集まった。

MSNが提供するのは、検索の場と、ページを管理するサーバーだけだった。検索は技術分野として注目の的だったが、ソフトウェアの問題解決能力に慢心していたマイクロソフトは、全く進出していなかった。マイクロソフトはまるでテナント所有者のように、正面玄関から人気商品が売れていくのを黙って見ているしかなかった。

マイクロソフトは、グーグルに対抗する新しい検索エンジンのため、5億ドルの予算を投下するが、検索に取り組む上で大きな分岐点となったのは、「オーバーチュアを買収しない」という選択だった。検索にリンクしたクリック単価広告という、有望なビジネスモデルを見逃してしまった。さらに決定的なミスは、オーバーチュアとそっくりの広告の仕組みを既にリンクエクスチェンジを買収して手に入れていたのに廃止していたことだった。

それでもマイクロソフトの社内では「グーグルは第二のネットスケープだ」という思いが強まっていた。しかし、この過信が大失敗の元だった。マイクロソフトの問題は、人々がグーグルに取り立てて欠点を感じていないことだった。