ビジョンを曇らせるもの
脳には間違いなく未来を予測する機能がある。そのおかげで人間は生き延びてこられた。毛むくじゃらの獣の大きな歯が見えたら、考えるまでもなく逃げる。こうした「瞬時の判断力」は、人間が生れつき持ち合わせた武器と考えられる。
この能力には、パターンを認識する能力が深く関わっている。脳はある特定のシナリオを認識すると、記憶にある似たようなパターンに照らして反応する。脳がパターンを必要とする理由は2つ。
①脳の情報処理速度が比較的遅いため
②脳のワーキングメモリに限界があるため
脳は、パターンを認識するおかげで、何か問題を察知してもゼロから考えずにすむ。パターンの照合や比較だけなら、処理にそれほど手間がかからない。私たちが日常生活を送れるのは、脳がパターンを認識してくれるおかげなのだ。
しかし、パターンに基づいた予測能力には弊害もある。私たちを現在に縛り付けるのも、やはりパターンだからである。脳にパターンが蓄積されると、意味をなさない決断を反射的に下してしまうことがある。つまり、自分で認識すらしていない経験則に人生を左右されることになるのだ。
ある行為がパターンとして確立すると、脳の反応が変わる。一度覚えた曲が難なく弾けるようになるのも、一度自分が受け入れた考え方に固執するのも、そのためである。偽りの箱から抜け出して、ありのまま世界を目にできる人が少ないのは、こうしたバイアスが働くからである。このバイアスに打ち勝つ者だけがビジョナリーとなれる。
自分から何かを見ようとする
何かを見る時と何かを想像する時、使われる脳の部分は全く同じである。想像したものと実際に見たものは互いに干渉し合う。ビジョナリーは、その時に最も重要視している事に関して、常に想像力を働かせている。
脳はイメージを思い描くことも、ワーキングメモリと呼ばれる領域にそのイメージを留めておくことも、そのイメージを変形させることも、別のイメージと比較することもできる、実に優れた思考マシンなのだ。
何かを思い描き、それを漠然としたものから、自分にとって意味のあるものに変えるまでイメージし続けるには、ちょっとしたコツがある。ビジョナリーが普通の人より優れているのは、そのコツを習得しているからだ。
そのコツの一つは、現実世界に出ていって、様々なことを「自ら経験」し、その経験をもとにアイデアを形づくることである。見るという行為は、たまたま何かが目に入るのではない。自分から何かを見ようとすることなのだ。だからこそ、ジョブズはゼロックスのパロアルト研究所の内部をどうしても見たかったのである。