ワインの値段を方程式で予測する
経済学者オーリー・アッシェンフェルターは、統計を使って巨大なデータ集合から隠れた情報を引き出すのが仕事だ。オーリーは、数字を分析してボルドーワインの品質を評価しようとし騒動を巻き起こした。
ロバート・パーカーのようなカリスマワイン名人の「口にふくんで吐き出す」手法に頼るかわりに、オーリーは統計を使って、ある生産年のどんな特徴が、ワイン競売価格の高低と相関しているかを見た。ワインは農産物だから、年ごとの気候に大幅に影響される。フランスのボルドー地方の数十年におよぶ気象データを使ってオーリーが見つけたのは、収穫期に雨が少なくて、夏の平均気温が高かった年に最高のワインができるということだった。データは方程式に実に美しく一致した。
ワインの質=12.145+0.00117×冬の降雨+0.0614×育成期平均気温ー0.00386×収穫期降雨
ワインの将来価格デリバティブが活発に取引されている世界では、オーリーの予測式はワイン収集家に大きなリードをもたらしてくれる。この発想が大きく広まったのは、1990年初頭のことだった。『ニューヨーク・タイムズ』が一面で、この新しい予測装置について記事を載せた。オーリーは、1989年ボルドーについて、まだ樽に入って3ヶ月、批評家すら試飲していないワインを「これは今世紀最高のワインになる」と予測した。
ワイン評論家たちは激怒した。パーカーはこの計量推測を「ばかげていてふざけている」と呼んだ。伝統的な専門家たちは群れをなして、オーリーとその手法の両方を否定しようとした。
しかし、予測は驚くほど正確だった。伝統的な専門家たちも、今では気候にずっと注意を払うようになっている。評論家の予測結果も、オーリーの予測式にずっと近くなっている。
専門家は統計分析に勝てない
ワインだけでなく、データベースに基づく統計分析は、他の分野でも増えている。直感や経験に基づく専門技能がデータ分析に次々と負けている。
人間の心には、各種の認知的な欠陥や偏りがあって、これが正確な予測能力を歪めてしまっている。人は重要そうに思える特異なできごとをあまりに重視し過ぎる。例えば、人々は「ニュースになるような」死(殺人など)の確率を系統的に過大評価し、もっと当たり前の死因の確率を過小評価する。
人は何かについて間違った信念を抱いてしまうと、それにしがみつき、既存の信念を裏付けてくれる証拠だけに注目してしまう。
こうした人間の欠点に比べて、絶対計算の予測は、どの要因をどれだけ重視すべきか見極めるのがうまい。だから予測も正確になる。
人間に残された出番は、頭や直感を使って統計分析にどの変数を入れるかを推測することである。何が何を引き起こすかという仮説を生み出すことである。