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忘れてはならないこと

融資担当職に転任直後、パキスタンの貧村でホームステイをした。ホストファミリーに荷を解いた途端、心の片隅に潜んでいた偏見が現れた。非識字の貧民をアパ(父)アマ(母)と呼び、自分の生きる術を託すことに、大きな抵抗を感じた。無意識にでも貧しい人々を見下していた自分を見て、ぞっとした。

人間の五感はみな同じ造りなのか、他人の目線に我が身を置くことは、易しそうで難しい。言語と文化を共有する日本人の間でもそうだから、全世界から職員が集まった世界銀行ではなおさら。ほとんどの職員が経済的に恵まれた家族の出身で貧苦を知らない。

世界銀行の使命は「貧困のない世界を創ること」。発展途上国の国民は、株主であり顧客でもある。本気で貧民の目線に立つ努力をしなければ、大間違いのもとになる。だから、部下全員に担当国の貧村で1〜2週間ホームステイをする体験学習を促した。

意識改革の手法

世界銀行の官僚的な組織文化を変えようと暗中模索の頃、多くの経営学者に意識改革の手法を聞いて回った。皆、口をそろえて「インセンティブを変えろ」と言う。しかし、一歩立ち入って具体的な話になると、世銀の人事規則にすでにあるインセンティブばかりが列ぶ。仕事への目線や、姿勢、態度を変える動機づけはと尋ねると、「リーダーが与えるインスピレーションに尽きる」と言う。
しかし、リーダーのDNAに染まりすぎたら、持続的な意識改革にならない。結局、学窓の人々は、自ら組織や改革のリーダーシップをとった経験がなく、役に立つことを学べなかった。

人の心の深いところでビジョンと価値観を共有する情熱をどう刺激し、職場での自然体に引き出していったらいいのか。そのヒントをくれたのは、一人の小学生だった。

優秀な部下の成績が下がり、目に見えて元気がなくなっていくのに気づいた。理由を聞くと小学生の息子。成績が下がり、海外出張で留守をするたびに寝小便。心配で仕事が手に付かず、仕事と家庭が両立しないと悩んでいた。
ふと思いついて、出張に連れていくことを勧めた。その後、その小学生から出張報告が届いた。
「お母さんが飛行機で飛び立った後の事がわかって嬉しい。お母さんはインドの貧しい人達を助けている。お母さんを誇りに思う。僕もお母さんのようになりたいから一生懸命勉強します」

成績は親子そろってうなぎ上り。人間は幸せを追求する。この共有感が頭とハートをつなげた。以来、人事のすべてについて、職員のみを対象とする思考を捨てた。家庭を対象に入れ、人間としての幸せを考えるようになった。働きがいと生きがいがつながって初めて、人間の「生産性」が大きく変わる。