ルソーの「一般意志」
今から2世紀半前、思想家ジャン=ジャック・ルソーは、政治思想の古典『社会契約論』において、人民主権を説き、「一般意志」の理念を提出した。この社会契約論は、フランス革命に決定的な影響を与えた。
「一般意志」とは、人民の総意を意味するルソーの造語である。
ルソーは、個人の自由を訴えた。しかし同時に、個人と国家の絶対的な融合を主張した。ルソーにおいて、社会契約とは、人民ひとりひとりが「自分の持つすべての権利と共に自分を共同体に完全に譲渡すること」を意味する。
社会契約が社会(共同体)を作る。その結果として、個人の意志の集合体である共同体の意志「一般意志」が生まれる。
人民全員でひとつの意志を形成すること(一般意志)は、ルソーの構造においては、必ずしも人民全員で政府を運営すること(民主主義)に繋がらない。重要なことは、国民の総意が主権を構成していることであり、主権が誰によって担われるかは、国民が望めば王でも君主でも誰でも良いと考えた。
ルソーによれば、一般意志も全体意志(みんなの意志)も、複数の個人の意志(特殊意志)の集合であることは変わらない。しかし、一般意志が決して誤らないのに対して、全体意志はしばしば誤ることがあると主張する。
全体意志は個別意志を集めたもの「特殊意志の合計」、一般意志は全体意志の単純な和から「相殺し合う」ものを除いた上で残る「差異の和」と定義する。一般意志は、人々の意志から数学的に導かれる存在として考え出された。
よってルソーは、一般意志の成立過程において、市民間の討議や意見の必要性は認めていない。すべての市民が一堂に会し、全員がただ自分の意志を表明するだけで、いかなる意見調整もなしにただちに一般意志が立ち上がる、という状況を夢見ていた。ルソーは孤独を賞揚する思想家だったゆえに、そのような状況が実現しなければ、人は決して「自由」にならないと考えていた。
一般意志2.0
グーグルやツイッターなどの登場により、現代社会は、人々の意志や欲望を意識的なコミュニケーションなしに収集し体系化する。ツイートなどの個々の行為は意識的なものであるが、数億、数十億のデータ量は、個人の思いを超えた無意識の欲望のパターンを抽出可能にする。このデータの蓄積こそ、現代社会の「一般意志」と捉え、これを「一般意志2.0」と呼ぶ。
ルソーは、政府は一般意志のしもべでなければならないと説いた。従って、これからの政府は、選挙など市民の意識的な意思表示(全体意志)だけに頼らず、ネットワークにばらまかれた無意識の欲望の集積(一般意志2.0)を積極的にすくい上げ、政策に活かすべきである。
私たちはルソーの夢が現実化しつつある時代を生きている。