1952年生まれ
元・日産自動車『GT-R』開発責任者
1972年日産自動車に入社。「P10 プリメーラパッケージ」や「スカイラインGT-R(R32 型)」の 新規パッケージの提案と開発などに従事。
1989年ニスモに出向しレーシングチームの監督兼チーフデザイナーに就任。国内耐久選手権3年連続チャンピオンおよび1992 年デイトナ24 時間レース総合優勝獲得(92 年は参戦全レース全勝)。
1993年に日産自動車へ復職し、FM パッケージ「スカイライン(V35 型)、フェアレディZ(Z33 型)」、PM パッケージ「日産GT-R(R35型)」など、乗用車系・スポーツ系車種を中心に開発責任者として活動。
日産GT-R においては、 カルロス・ゴーンCEO 直轄のもと「ミスター・GT-R」として 企画・開発・生産・営業・収益・品質・新規販売網展開等プロジェクトにかかわる。
2013 年日産自動車退社後も、各媒体からの取材やファンからの現場復帰を願う声が引きも切らず、現在はセミナー講師や「生きる力プロジェクト」の発起人として活動中。
1972年 日産自動車